ある出来事や状態が、特定の主体にとって「問題」になるとは、どういうことなのでしょうか。
たとえば、外で雨が降ってきたとします。傘を持たずに歩いている人にとっては「服が濡れる」という問題になりますが、家の中にいる人にとっては、窓の外の出来事にすぎません。畑に水をやりたかった人にとっては、むしろ好都合なことさえあります。雨そのものはただの物理現象ですが、それが問題になるかどうかは、人や状況によってまったく異なります。
つまり、世界の中に最初から「問題」という性質があるわけではありません。ある出来事が問題になるかどうかは、その主体がどのような身体や構造を持ち、何をしていて、環境とどのように関わっているかによって変わります。では、この「その主体にとって問題になる」という関係は、どのような仕組みから生じるのでしょうか。
外から与えられた問題と、主体にとっての問題
この問いを考えるうえで、まず難しいのは、「その主体にとって問題である」ということをどう捉えるかです。
研究者や観察者が外から「この状態は悪い」「これは避けるべきだ」と決めてしまえば、問題はいくらでも設定できます。実際、現在のAIやロボットでも、ゲームのスコアを最大化したり、目的地へ到達したりといった目標は、設計者があらかじめ外部から与えています。
しかし、それは設計者が設定した問題をエージェントに解かせているだけであって、エージェント自身にとってそれが問題になっているわけではありません。
ここで考えたいのは、「与えられた問題をどう解くか」ではなく、「そもそも何がその主体にとって問題になるのか」ということです。外から目的を与えられなくても、なぜある状態が、その主体にとって「避けるべきもの」や「対処すべきもの」になり得るのでしょうか。
そこでまず考えたいのが、外から「良い」「悪い」を決めなくても、系そのもののあり方によって状態の違いが生じる場合です。その出発点として考えられるのが、自らを維持し続ける「自己維持システム」です。
自己維持から考えてみる
生き物のように自己を維持するシステムには、自らを維持し続けられる状態と、崩壊してしまう状態があります。たとえば、ある環境変化のもとでは内部の反応が維持される一方で、別の環境変化では反応系そのものが崩壊するとします。この違いは、研究者が外から「こちらを良い状態にしよう」と決めたから生じるわけではありません。系そのものの構造やダイナミクスによって生じます。
この意味では、自己維持系を考えることで、少なくとも「この変化は系の存続を助ける」「この変化は系の存続を損なう」という差を、外部から報酬や罰を与えずに考えることができます。エナクティヴィズムや自律性の研究でも、こうした自己維持に根ざした規範性(normativity)や、それに応じて行動を調整する適応性(adaptivity)が、認知や意味生成(sense-making)の基礎として議論されてきました(Di Paolo, 2005; Barandiaran, Di Paolo, & Rohde, 2009)。
ここで重要なのは、何が存続を助け、何が存続を損なうかは、環境だけで決まるわけではないという点です。
同じ環境変化であっても、異なる構造を持つ系には異なる影響を与えるかもしれません。ある物質を必要とする系にとって、その物質の不足は重大な問題になります。一方で、その物質を必要としない系にとっては、同じ変化がほとんど意味を持たないこともあります。
つまり、主体がどのような仕組みで自己を維持しているかによって、何がその主体にとって問題になり得るのかが変わります。
これは、最初に挙げた雨の例ともつながっています。同じ雨でも、主体の身体や活動のあり方によって、その意味は変わります。より単純な自己維持系でも、同じように、その系の構造との関係によって、ある環境変化が存続にとって有利にも不利にもなり得ます。
しかし、ここでさらに疑問が残ります。
生存に不利なら、それだけで「問題」なのか
ある環境変化によって系の生存確率が低下したとします。観察者の立場から見れば、その環境変化は「危険だ」と言えます。しかし、系の内部では何も変化せず、ただ外部条件が悪くなった結果として崩壊しているだけかもしれません。
そのとき、本当にその系が何かを「問題としている」と言ってよいのでしょうか。
自己維持にとって有利か不利かという差が存在するだけではなく、その差が系自身の内部過程に影響し、実際の作用を変える必要があるのではないか。そう考えると、次に問題になるのは、存続に関する差が、どのようにして系自身の振る舞いに効いてくるのかということです。
さらに、ここでもう一段階あります。
系を脅かす状態は一種類とは限りません。たとえば、資源が不足している場合と、有害な物質が増えている場合では、どちらも存続には不利であっても、必要な対応は異なります。資源不足であれば外部からより多く取り込むことが有効かもしれませんが、有害物質が多い場合には、むしろ取り込みを抑えた方がよいかもしれません。
つまり、「悪い状態である」と区別できるだけでは十分ではありません。何が起きているのかによって、何を変えるべきかも変わるからです。
少なくとも、「その状態では存続しにくい」という客観的な事実があるだけではなく、その差が系自身の内部過程に影響し、さらに状況に応じた作用の違いにつながるところまで考える必要がありそうです。主体の構造によって何が脅威になるかが決まり、その差が内部過程に反映され、状況に応じた振る舞いの変化へと結びつく。そうした力学的な関係性を一段ずつ絞り込んでいくことで、系自身にとって「何かが問題になる」ための足場が見えてきます。
自己維持だけでは説明できない問題
もちろん、私たちが日常的に経験する問題の多くは、生物学的な生存に直接関わるものではありません。
- 「高いところにある物に手が届かない」
- 「相手に意図がうまく伝わらない」
- 「眠りたいのに、作業を続けなければならない」
こうした問題を、すべて死の回避だけから直接説明するのは難しいでしょう。ただ、最初から人間の複雑な問題を扱おうとすると、何が問題を成立させているのかを切り分けることも難しくなります。
だからこそ、まずは最小の自己維持系を出発点として、「系にとって問題が成立する仕組み」の基本的な骨組みを捉える必要があります。そのうえで、感覚運動的な活動や他者との相互作用といった、より高次の問題に対しても、構造レベルで共通する仕組みを探っていくアプローチが有効だと考えています。
たとえば、「手が届かない」という問題は、対象物との距離だけでは成立しません。物を取ろうとする活動を維持しようとしている主体がいるからこそ、その距離が「届かない」という問題になります。
そう考えると、次に問いたくなるのは、生物学的な生命維持だけでなく、主体が継続している活動そのものにも、同じような構造を見いだせるのかということです。「物を取る」「相手に伝える」といった活動が、どのような意味で維持され、その維持との関係から「届かない」「伝わらない」といった問題が成立するのか。これは、自己維持から出発した議論を、より高次の問題へ広げていくうえで考えていく必要があります。
「問題が成立するシステム」をつくる
こうして考えていくと、主体にとっての問題とは、客観的な環境の特性ではなく、「自らの活動を維持しようとする力学」と「環境」との関係性の中から立ち現れるものだと言えそうです。
最初の雨の例で考えたかったのも、結局はこのことでした。雨という物理現象そのものに問題性があるのではなく、主体がどのように成り立ち、何をしているかとの関係の中で、その雨が問題になったり、ならなかったりするのです。
では、この仕組みをどうやって確かめればよいのでしょうか。一つのアプローチは、「自らにとっての問題を自ら構成するようなシステム」を、人工的に作ってみることです。
現在のAIの多くは、人間が与えたタスクや損失関数を効率よく解くように設計されています。そこでは、失敗したとしても困るのは人間であって、システム自身に何か都合の悪いことが起きているわけではありません。少なくとも、与えられた目的を達成する能力があることだけから、その目的がシステム自身にとって「問題」になっているとは言えないはずです。
もし、外から目的を与えるのではなく、自らの状態やパターンを維持しようとする力学をシステムに組み込んだとしたら、そこにはどのような問題が成立し得るでしょうか。
もちろん、いきなり複雑な生命を再現するのは容易ではありません。しかし、シミュレーション上のごく単純なモデルであっても、「自らを維持する力学」から「何かが自分にとって問題として成立する最小の条件」を少しずつ探っていくことはできるはずです。
問題を解かせるのではなく、自らにとっての問題を構成するような主体を作ってみる。そうした試みもまた、「主体にとっての問題とは何なのか」を考えていくための一つの手がかりになるのかもしれません。
参考文献
Barandiaran, X. E., Di Paolo, E. A., & Rohde, M. (2009). Defining Agency: Individuality, Normativity, Asymmetry, and Spatio-temporality in Action. Adaptive Behavior, 17(5), 367–386. https://doi.org/10.1177/1059712309343819
Barandiaran, X. E., & Egbert, M. D. (2014). Norm-establishing and Norm-following in Autonomous Agency. Artificial Life, 20(1), 5–28. https://doi.org/10.1162/ARTL_a_00094
Di Paolo, E. A. (2005). Autopoiesis, Adaptivity, Teleology, Agency. Phenomenology and the Cognitive Sciences, 4(4), 429–452. https://doi.org/10.1007/s11097-005-9002-y
Di Paolo, E. A., Buhrmann, T., & Barandiaran, X. E. (2017). Sensorimotor Life: An Enactive Proposal. Oxford University Press. https://doi.org/10.1093/acprof:oso/9780198786849.001.0001
Egbert, M. D., & Barandiaran, X. E. (2014). Modeling habits as self-sustaining patterns of sensorimotor behavior. Frontiers in Human Neuroscience, 8, 590. https://doi.org/10.3389/fnhum.2014.00590